諏訪稔係長編

滝浦を育てた伊藤ハムの男たち

入社正式配属が決まり「目黒工場ボイル係」に初出勤、顔合わせした諏訪係長、私も人の顔をとやかく言えないけど、ブルドックが服を着ている様子がぴったりの新潟能生水産男子代表です。なぜ品川工場で小俣課長や渡辺班長さんが私をこの職場に配属したか、なぜ配属の発表で周りの皆さんが歓声を上げたり、先輩連中が笑いころげたか、わかるような気がする所属長さんでした。周囲の皆さんは地獄のような職場と言います。私は他人と正反対の生活で生きてきたので、私にとっては天国の生活が始まる予感がしました。人間万事塞翁が馬が座右の銘だからなんてことないですけど。

【第1話】職場紹介に引率されて現場に着いた。伊藤ハムで悪名高い諏訪係長が本性をむき出しました。白衣の前ボタンを全部外され、帽子は斜め45度でつばが天井向かされ、前掛けはダラダラに装着、どう見ても会社員には見えない、だらしがないバカボンです。「係長これはおかしいですよ」「大丈夫や、それでええがな」、製造作業場とボイル場の中間通路で挨拶です「滝浦です宜しくお願いします」諏訪係長の初の業務命令が出ました「おまえは岩手県やろ、なんか民謡でも一曲歌えよ」「え~でも皆さん仕事中ですよ」「かめへんてやってみ」「ですか、じゃあ南部牛追い歌をやりますか」いなか~なれえ~どもさあ~。やらせる方がおかしいが、やるほうはもっとおかしい。作業場の皆さんは、馬鹿だなあという顔をしてる人、下を向いて笑っている人。諏訪係長が油を注ぐ、「いいなあ、もう一曲やれよ」「そうですかそれじゃ大漁歌い込みをやりますか」「やれやれ」まつしま~の、大変な新入社員紹介のステージです。…職場の宴会は五反田の赤のれんです。いの一番に立たせられ南部牛追い歌と大漁歌い込みをやらされます。人気者というか馬鹿扱いというか大変な職場です。

【第2話】焼き豚製造中に火災発生 直火式スモークハウスで鉄製油受け皿にガス火が入り込み引火、ハウスの火がダクトの油汚れに延焼、一気に火が回り外部煙突から火を噴いた。事態に気が付いた諏訪係長はスモークハウスによじ登り、鉄棒でダクトに穴をあけ注水、いつのまにか煙突のてっぺんにいた「ホースを持って上がってこい」煙突に備え付の足場をホースをかついで上がり放水、「熱いから頭から水をかけろ」煙突からの放水でダクトや火元のスモークハウスはすぐさま沈火、諏訪係長は「滝浦、てっぺんから見ると良い眺めじゃろう、ガハハハッ」「係長、消防車がだいぶ集まってきてますよ」「緊急事態にうまく対処できるかどうかで男の値打ちが決まるんやで覚えときや、火事は終わったし降りようか…火事の原因は別にして、日常はぶらぶらして遊び惚けているのに、いざ非常時の係長の初期動作、対応の素早さ、人並外れたパワーには目を見張るばかりですごい人だと感服した。

【第3話】酒は日本酒、肴は新入社員 職場は何かにつけて五反田の赤のれんで宴会が始まる。製造係・ボイル係・包装係の全員が諏訪係長を中心に左右に西原係長・竹谷班長、豊治班長・桜井さんと両脇に順次年功序列で円を組む。新入社員は歌わなければならない、終われば全員に日本酒でお酌をして回る。当然全員から返杯あり飲み吞みあかすかさなければならない、この酒地獄から解放されたのは後輩が入社してきた二年目の春以降です。宴会のピークは諏訪さんの「月の砂漠」独唱 つきの砂漠をはーるばると、旅のラクダがゆーきました。…照れくさそうに演歌調でうたう月の砂漠に、待ってましたとやんやの喝さい。現代のようにカラオケがあるでもなし、諏訪さんのユニークな独唱で盛り上がり散会です。

【ふろく①】当時は慰安旅行がありバス13台で出かけます、のり口で全員に一升瓶が配られます。目黒工場を出発、一升瓶をかかげて宴会が始まります。とにかく一升瓶を空けなきゃいけません、結局、旅館に着いたら布団出して熟睡です。諏訪さんの二次会は渋谷駅前のクラブ香港、おかげさまで大変な癖を植え付けられました。…東京事業部600人の慰安旅行のど自慢大会「滝、お前うちの代表や、やってこい」諏訪さんの指示は絶対で逆らえません。結果は第一位で景品にでっかい置時計をもらいました…宴会終るころには行方不明になっていましたが。

【ふろく2】わんぱくな諏訪さん、営業の尾崎さんが生産依頼を持って打ち合わせに来ます。「滝、バケツに水くんでこい」、入口の陰に隠れて、頭から水を浴びせてずぶ群れの状態で冷蔵庫につれてゆきドアを閉めて鍵をかける。「大丈夫ですか」「死にゃせん死にゃせん」あとで尾崎さんから私がこっぴどく叱られました。

【第4話】上司とのバトル人生開始 同僚のもめごとの仲裁で額に傷を負い包帯を巻いての昼食時間、「おいお前ケンカして負けたんだってなうるせえな、事情も知らないあんたにとやかく言われる筋合いはないよ」相手は目黒工場きってのエリート社員、大声で怒鳴りあう私に諏訪さんが「滝、こっち来い、誰とケンカしてるんだ馬鹿者怒ってる割には周りの皆さんはニコニコしてる。(バトル人生一回戦ベンチからタオル投げられTKO負け)…けんか相手は皆さん苦手らしく、よくやったと褒められてる様子 以降、何かにつけて嫌味を根に持つ上司になった。18や19のガキ社員が偉そうに幹部社員に食って掛かるのも非常識だが定年退職してもなお遺恨を抱えている相手です(半世紀前で時効ですがお詫びします)

【第5話】米つきバッタの滝浦さん 定例化された伊藤ハムの展示会東京会場で、遠路はるばるご足労願うお客様にいらっしゃいませ、今日はありがとうございます」一日中頭を下げ通しの姿を見てにやつきながら諏訪さんいわく「米つきバッタの滝浦さん」、「勘弁してくださいよ、一生懸命接客してるんですから」、「くそ生意気なガキだったお前が、お客さんに愛嬌振りまいてる姿が滑稽で笑っちゃうよ…入社以来、人に頭を下げたことないのに簡単に頭下げられるようになんだから自分でも笑っちゃいますよ。営業部は心の裏表を使い分ける人種ですが、心底からお客様に感謝をもって頭を下げられるようになるまで随分時間がかかりましたよ。諏訪さん直伝の人間関係術をさらに進化させて滝浦流人間関係術を構築しましたよ。

【訃報】自分人生を謳歌して元気はつらつな諏訪さんも病魔には勝てず病に倒れ、青森出張中に伊原先輩から訃報が届き、上司の反対を押し切って青森発羽田行きに飛び乗りました。自宅に伺い「諏訪さんなんで」と激しく泣き叫ぶ自分にご遺族も迷惑だったろうといまさらながらお詫びします。

【弔辞】18歳の子供を「たちうら、たちうら」とよくよく可愛がり面倒見てもらいました。会社生活の幸福度は「人との結びつき度合いが一番」と言われますが、諏訪さんは最も良好な上下の人間関係を築いてくれました。目黒工場で「諏訪一派の一員」と後ろ指さされていたことは私の名誉の勲章です。その勲章を見せびらかせ、長い伊藤ハム人生を定年まで怖いもの知らずで歩かせていただきましたことはきっと「幸せの勲章」だったと確信します。本当にありがとうございました。天国ではあまりお酒を飲みすぎないように、周りに迷惑が掛からない程度に18番の「月の砂漠」を歌ってください。

合掌

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