伊藤研一社長編

私を育てた伊藤ハムの男たち

伝三社長が創り上げた伊藤ハムは研一社長の英断で、年商13兆円事業規模を誇り「国の為、万民の為」という壮大な起業理念歴史を持つ、世界企業三菱商事の傘下に入った。経緯は下々の社員が知る由もなくその結果に歯ぎしりして従うだけの問題である。背景には08年の東京工場の水質汚染問題などの不祥事における内外の世情との信頼関係に疑心をいだいたと考えられる。事業が順調に進展しているときは、何事も前向きに理解判断できるが一歩道が外れ、世の常識・非常識の針山を素足で上らなければならなくなった時、未来の安心安全を大樹に託したのではないだろうか。創業社長なら「世の為、人の為」、サラリーマン社長なら「会社の為、自身のプライドの為」で、ある意味乗り切れたかもしれない、二代目社長ならではの「背中にしょってる荷物の質」が他と違いすぎたということではと推察します。三代目がどんな形であれ「幸せ」だと感じられる事業態の中で生きてほしいと願い続ける事でしか二代目研一社長に思いをはせることはできない。

【雑記】三菱の人物伝を紐解くと、岩崎家4代社長を筆頭に世界や日本国の頂点を見据えた思想人種で、あまりにも俗世間とかけ離れすぎている。日本がアメリカの核の傘で世界の侵攻から国を守る施策を選択したように、激しい経済戦争下で伊藤ハムを守る施策を研一社長が選択された。三菱商事は就職偏差値67のスーパーエリート、伊藤ハム56、三菱商事連結82997名の従業員がもし伊藤ハムに入社希望していたとしたら100%、伊藤ハム連結8313名がもし三菱商事に入社希望していたとしたらゼロとは言わないがほぼ近い数値になるだろう。大人と子供ほど違う社質の中で、同レベルのプロセスと答えを求められこたえ、肩を組み、手を取りあって仕事ができるものだろうか。利口なら逃げ出す、馬鹿では何もできない、中途半端じゃ勤まらない。 唯一下位社質の伊藤ハムが救われる道があるとすれば三菱商事出身という大義名分、人間性、人徳からくる魅力的なオーラを備えた人財が経営陣として派遣されて来られることを祈るしかない。初代で来られた社長はテレビ番組で「賢人」と褒めたたえられ、少子化の波は国内消費の限界を生む「伊藤ハムはアジアに進出してNo1を目指す」と断言された。素晴らしいビジョンの持ち主。さすが京大主席、海外事業で経営実績を持つ人間の言葉には重みと説得力がある。私と同じ3月5日産まれで心情的に愛着を持った。私は偏差値基準のなかった時代に伊藤ハムで生きた旧人種、天の世界に生きる三菱人種と異なる俗世間の目線で人間味あふれる伊藤ハム人物伝を綴ってみたいと考えた。

研一社長はいつも穏やか、怒ると肩をいからせ上位下達 ある意味・・・・社長 。現実に近くならないよう楽しい話題に絞り込む

第1話 労働組合の委員長挨拶で睨まれる

1975年伊藤ハム東北工場から伊藤ハムデイリーの全身である東北伊藤ハムが分離、子会社化なる。当然のように、従業員擁護の旗印を掲げ、T先輩、O先輩が先頭に立ち労働組合を設立、私が委員長に就任する。私は東京工場からの出向社員の立場なのに、委員長なんかやってどんなもんでしょうか?…O先輩曰く「今はお前が適任だし、お前なら委員長やっても誰も文句言わない」とおだてられてあっさり片づけられた(これが後々、大騒ぎの原因になり、2期で辞任した。)

関西で伊藤ハム労働組合の記念パーティが開催され、東北伊藤ハム労働組合委員長として招待を受け、挨拶する。「この度、会社都合で東北工場を分離、子会社化され、組合としては従来の東北支部機能を組合機能に昇格させました。中身は従来通り伊藤ハム労働組合東北支部と一緒で、なんら変わることはありませんのでご心配なく」…書記長が必至で指さして目くばせするので、研一社長の顔を見たら歯ぎしりしてる様子…こわぁ そんなに怒るほど大した事を言ってないのに(心の声)。 

第2話 ベア団交体力の限界

東北工場男子寮の集会室でベースアップ深夜の団交、会社側の主張と妥協点が見つからず議論を重ねる。T書記長もO副委員長も組合理論をぶちあげ、頑として主張を譲らず会社側も強烈に反論…出す側と受ける側のすれ違いは当たり前で、会社担当者も組合員の実態を多少は理解できると温情的な言葉遣いを少しくらい混ぜ合わせればいいのに、組合を会社側の土俵に導く言葉遣いが下手くそだな~と思った(心の声)夕方に始まった議論の応酬は午前零時を越えても延々と平行線、夜も明けようとする4時過ぎ、研一社長がトイレに席を外した。H専務が「妥協点は事務折衝で必ず譲る、組合としても妥結する方向で検討できないか」「会社は絶対に約束守ってくれますか」「守る」。研一社長が席に戻る「研一社長、妥結しましょう、ハンコつきます」「委員長、そうか妥結してくれるか」 …疲れ切ってるのにニコっと笑顔を見せてくれた…具合悪いのに本当に長い時間お疲れ様でした、役割ですから勘弁してください、当時は本当にそう思った(心の声)

第3話 人を評価するとき人前でトークさせる

会社の年度行事である「伊藤ハム春のプレゼンテーション」が、初めて東北会場として仙台でお取引様をご招待して3日間催された。次第進行中に「おい滝浦、今日の朝礼は誰や、… 誰部長にやらせろ」「社長、誰部長は明日ですよ」「いいから今日やらせろ」…横暴な指示命令にムッとするが私もサラリーマンだから、ハイハイ。 下向いてじっとしてるけどちゃんと聞いてますか社長… のちに役員に登用されたからやっぱり真面目に聞いていたんだね研一社長は(心の声)心当たりがある方は、思い出して、そうだったのかと回想してください(時効だから勘弁)

第4話 ・・・だけは銀座並み 

久しぶりに東北で会食会、ご相伴にあずかる。研一社長が精算するとのことで全員出口で待つ。全然出てこないのでみんな心配顔、ようやく出てきた。「遅いので社長は金がないんじゃないかと皆で心配してましたよ」「ばかたれ・・・と話していただけだ。・・・ないのに・・・だけは銀座並み」…いいじゃないですかそんなこまいこと(心の声) 

第5話 楽しい社長

全国営業コンテスト社長賞3位受賞で表彰式の場。「第2位、たきうら、た、た、」「社長、私の名前読めないんですか」、賞状の横から顔出して「馬鹿たれ、かなふってるから読めるわい」「ハイハイ」「第2位、たきうら、た、た、」「社長かなも読めないんですか」、またも賞状の横から顔出して「ウルサイお前は黙って立っておれ」ようやく3回目で名前を読んでくれました。…冗談に決まってるのに子供みたいにムキになって本当に楽しい社長です。 休憩時間にT専務に呼ばれ、「あんまり社長をからかうんじゃないぞ」と説教される

第6話 厳しい社長

トラブルが出れば経営者決断を迫られる、下々の立場ではそういう社長の顔はよく見れない。社内パーティの席上、幹部クラスが研一社長の厳しさを話題にグラスを交わす。そういう会話は好きでないのでわざと横を歩く社長を捕まえて「社長は自分の逆鱗に触れたら社員をみんな首にするんですか?」「誰が言っとるんや」「幹部連中が皆言ってますよ」「アホ、忙しいのにつまらんこと言うな」「ですよね、社長がそんな事する訳ないですもんね」、幹部連中は「社長、滝浦みたいなアホのいう事なんか無視してください」、「ばか者ども」「どうもすいませんでした …実際は本当に言ってると聞いてるので、本音と建前のはざまで社長も心労がかさなり大変ですよね(心の声) 

会社の辛苦でお体の具合も悪く、体調を崩して顔色が冴えないときは自分たちも下を向いてしまいました。長い事お疲れ様でした。

付録① 研一社長結婚

目黒工場で作業中、製造場の廊下をきれいな女性がキヌエ相談役の案内で歩いてくる。みんな真面目に仕事をして奥様に良い印象を持っていただけるよう頑張りました…私は何もしていなかったけど。「S係長、ファッションモデルのような人が歩いてきましたよ」「バカたれ、声がでかい、研一専務の奥様になられる方だ」「わお、すごい美人ですね」「そうだな~」…みんな子供みたいに陰に隠れて覗いていました 

付録② 沖縄出張 

研一社長が沖縄に出張すると、T君が空港に出迎え運転手、「社長、うまいラーメンあるけど、食べに行きますか」「いいな、行こう行こう」。ラーメン好きな研一社長でした。…T君に聞いた話で見ていないけど、行こう行こうと言う時の笑顔が本当の研一社長の笑顔でしょう。         

             

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