会社概要・代表インタビュー

会社名株式会社 サンリョウ東北
代表取締役滝浦 孝和
住所〒989-6143 宮城県大崎市古川中里4丁目1-34
電話番号0229-22-4211
設立2009年7月28日
従業員数10名
事業内容味付けホルモン製造・販売
主な取引先株式会社あいのや
イオン東北株式会社
株式会社ウジエスーパー
株式会社サンマリ
合同会社西友
株式会社マークスホールディングス
株式会社ヨークベニマル
※50音順 順不同
取引先銀行七十七銀行
古川信用組合

【代表インタビュー】

初めまして、これから連載方式で(株)サンリョウ東北代表滝浦氏の人生航路をインタビューさせていただきます。
タイトルは即席で「70有余年にわたる不滅の人生行路」とでも名付けましょうか。人生航路を三省堂国語辞典で紐解くと「人生は人の一生・生涯。行路は世に処する道、世渡りの道。困難や苦難の人生を旅にたとえたもの。物語」と定義づけられています。
その定義に沿ってインタビューを進めさせていただきますので宜しくお願いします。

こちらこそお手柔らかにお願いします。

まず最初に代表が長年生きてきて「座右の銘」とされてきた言葉があれば教えてください。

一つだけとは言いきれません。子供のころは「得手に帆を揚げよ」です。この言葉は中学校時代に生徒会長が校内弁論大会で論じた題目で意味合いは「得意なわざを発揮できる好機が到来し、調子に乗って事を行う」ということらしいですが、子供のくせにすごいことを言うもんだと感心させられて頭から離れない言葉の一つになりました。彼は東大かどっかに入学したらしいですからさすがですよね。その言葉を糧に剣道一直線に励んだことを覚えています
大人になってからは「人間万事塞翁が馬」という言葉を好きになりましたね。人生における幸不幸は予測しがたいということ、幸せが不幸に、不幸が幸せにいつ転じるかわからないのだから、安易に喜んだり悲しんだりするべきではないというたとえらしいですね。小さい時から世間並みの満足感とは程遠い育ちを体験しました。世の中は自分の意志とは関係なく動いて、結果は自己責任という言葉で自分に付きまといます。そういう意味合いから目先の山や谷の変化に一喜一憂しないよう心掛けました。そうは言うものの単純な性格ゆえに喜怒哀楽が抑えきれない弱い人間だと思います。
因果応報で「人はよい行いをすればよい報いがあり、悪い行いをすれば悪い報いがある」と言いますが、言うは易く行うは難しですよ。頭が悪いというよりも頭の使い方が分からない知らなかったというべきですかね。

なるほどですね、では今の代表の人間性というか人間観というものはどの辺から生まれてきたと考えられますか?

母親の教えは「決して人様に傷をつけてはいけない」です。後で責任を感じ後悔してもしきれない、一生負い目を背負って生きなければならないと言われました。子供心で聞きましたよ、人様に傷をつけられたらどうするの?「あきらめれば済むじゃない」。その時はそんなものなんだと抵抗なく聞いていました。人様と争わない、仲たがいをしないという優しさは母親の教えに根差したものでしょう。反面、中高はわき目もふらずに剣道一直線でした。大人になって初めてわかったことですが、剣道が上達したいなどという綺麗ごとではなく、強いものに立ち向かい自分をぶつけ、血の小便を垂れ流し体をいじめ続けた訳は、私生活の心に湧きおこる不満や怨恨、劣情などを、剣道への情熱にかえることで昇華させていたのではなかったのかと思います。お陰様で地域では強い部類に入れたのですから結果オーライでした。後輩の指導内容に同じ事を要求したのはそれ以外に上達の手法を知らなかったからと思います。私の極端なパワハラ癖や強いものに歯向かう偏屈な習性は剣道で身に着いた心のゆがみだったかもしれません。この習性は30代前半にパワハラでは世の中を生きてはいけないことに気付くまで続きました。
思い出したら疲れたから今回は終わりにしましょう。

わかりました。一回目から代表の心の叫びが聞こえてくるような熱いインタビューでした。次回またお願いします。

今日は第二回目ですよろしくお願いします。
代表は伊藤ハムとのコミュニケーションが熱々だとあちこちで言われていますが、ご自身ではそういった世間の評判に対してどのように思われていますか?

伊藤ハムに42年間在籍して、ハムソーセージ生産部門に20年、営業部門に20年、物流部門、食肉部門に2年とほぼ全現場サイドに従事しました。おかげ様で伊藤ハム全部門に先輩・同僚・後輩がたくさんできましたよ。自己満足ですが広く深い人脈を得られたことは長い人生を生き抜くうえで大変な宝物となりました。伊藤ハムの長い人事管理の歴史上でアホ度合いでは右に出る社員がいないと言われた過去の栄光の架け橋を先輩面して今なお渡り歩いています。そういう私の表面的な姿を見聞きした方々が伊藤ハムと縁が深い男と噂される所以だと思います。

伊藤ハムでの永続勤務はサンリョウ東北創成期にどのように役立ったか教えていただけますか?

先ずは、私どもの工場に入ろうとしたら伊藤ハム創業社長、二代目社長の顔写真と伊藤伝三語録の掲示板の下をくぐらなければなりません。この段階でサンリョウ東北が単なる場末の肉加工屋ではないということが分かるはずです。創業にあたり大別して3つあります。一つは食肉部門の協力です。内臓はと場から出荷されるルートが固定されており、何人たりとも自由に仕入することが難しい利権的な食材です。私の場合は伊藤ハムの内臓出荷責任者であったabeさんが創業祝いとしてルートを新規登録してくれた事です。それがなければ内臓の事業世界に参入することは100%不可能だったと思います。二つ目は工場部門の協力です。生ものを取り扱うわけですから多様な容器・入れ物類を必要とします。S社長やM工場長の計らいで新旧入れ替えする容器類を下取りさせてもらいました。私どもの工場に来たらすべての容器類に伊藤ハムの新旧ロゴマークが入ったものばかりで皆さんビックリされますよ。三つめは物流部門の協力です。飲食店のフランチャイズ事業に参画したわけですか決め手は物流です。仙台の伊藤ハム物流センターに食材センターを設置、フランチャイズ店舗の配送を一任、仙台市内はもちろん、遠くは水戸市内までの配送を容易にしてくれました。原料を手配して、入れ物をもらい、配達してくれる。こんな万全な協力体制など普通はあり得ないでしょ。

伊藤ハムの方々にいろいろ伺うと、上司に言いたい放題の悪たれ社員だったと誰もが言います。本人としてはどう思われていましたか?

上司に悪態をつくのは入社してすぐに知らなかった事とはいえ伊藤伝三社長に電話でタメグチきいて工場長に叱られたことを初発として、定年退職するまでの42年間ほとんどの上司にかみついた記憶があります。しかし退職後、当時の伊藤ハムKASAI社長が仙台でグループの集会を催したおり、会食に招かれ「滝が独立したのだからみんな協力して盛り上げてやるように」と声がけしていただきました。かっての上司・先輩・同僚・後輩が部門の枠を超えて私の起業を「頑張ってください」と激励していただいたことで分かるように口で言うほど嫌われ者ではなかったと思いますよ。

そんな漫画みたいな社員が一部上場企業でよく定年まで勤めあげることができましたね?

一般論としてはサラリーマンには不向きな男ですね。是は是非は非として「弱きを助け強きを挫く」純粋な男気根性が一部で好かれていたと思いますよ(知らんけど)。伝三社長は神様で近寄れなかったですが、研一社長、正視社長、広井専務、中崎専務、他各部門の役員には結構声がけいただき可愛がられた方だと思いますよ。伊藤ハムの経営陣が私を首だと言わなかったから定年まで勤められたと思いますよ。それ以外の幹部の方々はどうやったら滝を首にできるかに苦心されていたと周囲から伺っていましたから(笑)

ホルモン飲食店の関連事業体として創業、7年間ほど続けられ、現在はコンシュマーの味付けホルモン製造卸販売をされていますが、全く異なる業態に変更された心意気を聞かせてください。

私には悪い癖があって、実力がないわりになんでも一番にこだわります。飲食事業に参画した折は、仙台で一番、宮城で一番、東北で一番、全国の競合に臆しない一番店を目指しました。事情があって業態変更しましたが、あいも変わらずコンシュマー商品の世界でも一番を目指して日々精進していますよ。

ちなみにホルモン飲食店が市場で一番になる要素が一つだけあるとしたら参考に聞かせてください。

市場で優位性を持つオンリーワン的な存在であることです。私の場合は伊藤ハムで培った製造技術に根差したマーチャンダイジング、独自品質を備えた差別化商品群の企画・開発力を持っていたことが競合に臆しない最大の優位性でした。

サンリョウ東北の優位性を一言で表現してください。

焼いてプリプリ、お鍋でプッチリ、冷めてもっちり、一度温めて三度美味しい。サンリョウ東北が誇る製造技術は国内で類を見ないLアルギニン仕込み熟成製法で新食感の高品質ホルモンでオンリーワン(唯一性)を実現したことだと思います。

調味料にこだわってると伺いましたがわかりやすく説明してください。

伊藤ハム時代から数えて30年間、東松島長寿味噌の後藤工場長と長いお付き合いをしてきました。私が伊藤ハムの熟成技術で日本一の新食感ホルモンを造る、宮城県から味噌づくり名人に認定されている後藤工場長は日本一のホルモンタレを造る。二人でコラボして日本一の味付けホルモンを造ろうとお願いして快く承諾いただき、味噌味、塩味、もろみ味の特製調味料を開発していただきました。これはさすがの出来で、万能焼肉のたれですよ。

サンリョウ東北がオンリーワン品質で優位性を誇られていることはよくわかりました。今後の取り組みを教えてください。

『この指とまれ』(このゆびとまれ)です。現在は宮城地域のCGCグループ様を中心に、NCチェーン様にご愛顧賜っています。一人親方で事業運営をしているがゆえにいろんな意味で幅広い市場対応に限界を感じています。今後とも伊藤ハム伝承の熟成技法でやわらか食味ホルモンを製造し、その啓蒙と浸透に精進してまいります。全国津々浦々の同業者の皆様方でサンリョウ東北のビジネスモデルに同調され、北海道、関東、東京、中部、大阪、関西、中四国、九州、沖縄のエリアを担当したい勇士は滝浦にご一報ください。この指とまれで全国十勇士会が発足出来れば幸いです。

株式会社サンリョウ東北 代表取締役 滝浦 孝和

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