M広井専務編

私を育てた伊藤ハムの男たち

伝三社長の信望厚く伊藤ハム東日本地域の総責任者、私が入社当時は支店長と呼ばれ工場、営業、原料すべてに絶対的な権限を持つ伊藤ハムを代表するカリスマ社員でした。神風特攻隊生き残り戦士、いつもニコニコ温和タイプ、その割には目が据わっていて冗談が通じない堅物、入社面接・配属面談者、人は石垣人は城・企業は人なり談義が大好き、40年8月私の伊藤ハム入社試験の面接官、伊藤ハムM広井筆頭専務です

【第1話】このレベルの入社面接・試験結果で採用通知がきてびっくらポン

広井専務:「あなたの趣味や特技は何ですか?」                           

私:「私は花巻農業高校剣道部の主将をやっていました、狭い地域ですが一番強かったです。」      

広井専務:「はい、わかりました。次の方・・・。」え~え~これで面接は終わりですか~。学校の先生はクラブ活動や学校の歴史に宮沢賢治が関わっている等々、面接官が興味を抱く話題を出して好印象を与えるようにと教わってきた事と違い全然簡単すぎるじゃん(心の声)。

【ふろく①広井専務の責任問題】交通費付きで東京見物ができる気楽な一泊二日の試験旅行、目黒工場の4階男子寮8人部屋で一泊、同部屋の仲間意識が芽生えた翌日の入社試験、悪乗りで答案用紙を仲間全員で回し書き解答、最後に名前だけ書いて提出。試験後人事課長サンが全員を起立させ、「全員、同一解答で最低得点、前代未聞の入社試験」誰が書いたかの責任のなすりあいをする私たちに全員学校に報告すると大激怒、…剣道のコネで岩手県警に内定していたので最初から伊藤ハムに入社する気もないので何を言われても平気(心の声)・・・大変なことに数ヶ月後伊藤ハムから採用通知が届きびっくらポン、噓だろ、試験内容・態度が不適と罵倒された私がなぜ採用されたの。こんな男が入社したらどんな社員になるか子供でも分かりそうな事。期待にたがわず無茶苦茶社員No1を自他ともに認める男を誕生させてしまった「人を見る目がない広井専務の責任」は大きかった。

【ふろく②進路指導の責任問題】警察署の剣道場で練習中、なじみの刑事さんが「滝浦、県警本部で受験申請書をとっくに学校に送ってるがまだ来ていないと聞かれたぞ」翌日「先生、岩手県警から書類来てませんか」「来てたけど、お前は伊藤ハムから採用通知来てるから進路は伊藤ハムに決定だ…こんないい加減すぎる指導で伊藤ハムに進路を決定したのは無責任だ~(心の声)

【第2話】西宮本社での入社研修(S41年度は高卒150名が入社)を終え12名が目黒工場に配属され会議室で出迎え式が行われた。                                    広井専務:「研修お疲れ様でした。君たち12名は研修成績で下から12人です。並んでいる順番です何が楽しいのか知らんけど満面の笑顔

端から2番目にいた私は今年の新入社員で下から2番?全国から集まった150人で研修成績が下から2番、絶対そんなことはない、一緒にサボりまくった仲間が5人いたし俺よりバカそうな者もいた…悲痛な心の叫び)数日後、端にいた者がすぐ退社したのでもしかして昭和41年入社した社員で私が一番?

以降の社内行動を見聞きすれば誰もがなるほどと納得する入社経緯です~人間は環境で生きる生き物です、会社生活で水を得た生き方をしたということは素質はもとより、伊藤ハムという会社の風土や私に関わる人間関係が育ち盛りの私に成長の好循環を後押ししたのだろう。と勝手に解釈している

【第3話】人は石垣人は城・企業は人なり談義 昼休み同期入社のNと後輩のSが大乱闘、仲裁に入った私がNの振り回した鉄棒で眉間を5針縫う負傷、血だらけのおかげでケンカは収まった。翌日Sが辞表を提出、広井専務に呼び出され諭される「こんなケンカぐらいで伊藤ハムを辞めるな」、「滝浦、お前を怪我させた責任を取って辞めると言ってるのだからお前も止めろ」説得にもかかわらず結果的にSは退職した「滝浦、これから今回のようなことがたくさん起きる、辞めていくのは大体が利口で優秀な社員だ、そういう者たちを説得し育てていくのがお前の役目だろ」。

後々、もめごとを起こす度に「滝浦、お前は頭も悪いし大した仕事もしない、それぐらい自覚してるだろ」「なんでお前を放任してるか考えたことがあるか、お前は後輩をかわいがるし、みんなとは言わんが結構人気がある、この先、何百何千という若者が入社してくる、玉石混合の中から人財を探し出し、磨いて伊藤ハムの財産として次の世代に人を残せ、会社に害を及ぼす人災は排除しろ。それが伊藤ハムに恩返しできるお前の唯一の能力だ」こんなアホでも、そんなことで首にならず、定年まで伊藤ハムにいられるんですか、会社が絶対に約束してくれたら悪者役をかいますよ」「約束する」「ところでこんな約束をI先輩としてませんか、そんな気がするけど」「そんなこと知らん」…どれだけ役割を果たしたかは他人が決めることで自分ではよくわからない。

定年退職して14年過ぎ、伊藤ハムも三菱グループとして再出発の昨今、すべてが古い伊藤ハムの時効無駄話だから書き出した。みんなが不思議に思っている「好き放題にやっても首にならない滝浦伝説」を紐解いたらこの辺にあるかもしれない…問題を起こしてゲンコツを食らうこともあるが、本当に私を擁護してくれたかどうかは知らない知る気もない、首にならないのはすべて私の人徳だ(爆笑)

つづく

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